どうも、今回は相模原事件について。
まもなく事件発生から10年となります。
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同会世話人の杉浦幹さん「事件後も社会的弱者への差別はやまない。現状をどう変えていけるか、対話を通して考えたい」
www.ben54.jp
「精神障害の当事者・Aさんは、10年前の社会の空気をそう振り返る。19人の命を奪った男だけでなく、その思想に同調する見ず知らずの人々の存在に、Aさんは強い恐怖を覚えたという」
「利用者やその家族のことを何度も考えたというBさんは、「生産性や意味があるかどうかで命の価値をはかる考え方は、植松死刑囚という特別な一人のものではない」と語った」
この事件の何が恐ろしいかというと、犯行の動機ですよ。
障がい者には生産性がない、だから人間だと認めない、だから社会から排除する、これは社会のためなのだ、という。
ナチスの優生思想のようだ。
しかも、このようなナチス的発想に賛同する声が少なからずありました。
犯人一人だけでなく、優生思想が日本社会に浸透してしまっている。
生産性で人を測ることに疑問を持てないようになっている。
いきなり社会に優生思想が蔓延したというよりは、段階的に広がっていたということだと思います。
それが10年前の凄惨な事件で可視化されたということでは。
ryukyushimpo.jp
「一方、元知事の生前のおぞましい差別発言の数々については、全く触れない記事も多く、触れていても「直言ぶりで知られる」「自由な発言に注目も」「時には差別と糾弾され」といった、半ば差別発言を容認するような表現が目立つ」
「また元知事は40年以上にわたり、水俣病などの難病や障がいを抱える人々の人格を否定する発言も繰り返してきた。昨年7月にはツイッターに「業病(ごうびょう)のALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵され自殺のための身動きも出来ぬ女性」との書き込みをしており、この人の差別意識は人生の終盤まで不変であったことが分かる。このような考えが、19人もの人が殺された相模原障害者施設殺傷事件(2016年)のような事件とつながるのではないか」
かつて石原慎太郎が、障がい者に人格はあるのか、と述べたことがありました。
その時に我々の社会は、充分に石原の発言に批判できたのか?
障がい者に限らず、社会的少数者・弱者に対しての偏見を放置してきたのではないか?
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石原に限りませんが、差別主義者が公の場に堂々と出てくる状態は、極めて危険ですよ。
杉田がLGBTQに対して生産性がない、と発言した時点で政治家生命が絶たれていなければならなかったのです。
いや、オレは別に障がい者でも同性愛者でもないから関係ないもんね、と考えている馬鹿者もいるかもしれません。
しかしながら、少数者や弱者への差別や迫害を放っていると、いずれ次の弾圧対象として貴方に矛先が向く時が来るのです。
最後に本の紹介。
www.chikumashobo.co.jp
「障害者も健常者も同じ人間」。そんな空虚な幻想が健常者の無関心を誘い、障害者の苦悩を呼ぶのなら、ぶちこわすしかない。
www.tokuma.jp
無駄があるから人生は面白い